裏千家の茶人三田富子先生の茶席で小学生だった息子が正客に

息子が小学校二年生の時、ちょっとした間違いで高名な三田富子先生の茶会で正客をつとめました。西新宿のウチの家族はかつて自転車一家で近くでどこへでも自転車で出かけてました。

ある日、息子と二人で自転車をこいで、銀座のデパート松屋に行ってみるとある工芸家の茶道具の展示会で釜がかかってました(翻訳すると茶会が行われてました)。あれ、今始まったところかな、参加できないかな、と思って茶室の入り口近くまで行ってみました。参加者20人くらい大寄せの立礼茶会です。すると席主でしょうか、中にいた年配の和服の女性が「あとお二人だいじょうぶですよ。おかけください。」と言ってくれます。

みると入口間際の椅子が二つ並んでいたので私が奥に、7歳の息子が入口すぐの席にすわりました。「あれっ、この席は一番手前席に近いぞ、もしかして。」茶会が始まると果たして息子が座ったのが正客の席でした。当然、7歳児は正客として一座をリードできませんので、席主が正客の立場もそれなりに立てながらお軸や道具の解説をいてくださいました。

この会の席主が高名な三田富子先生であったのを知ったのは茶会の後のこと。調べれば本当に色々な着想で茶道界に貢献されていたことが分かりました。あの時のお道具のなかでも大ぶりの水差しはいまだに目に浮かびます。口が広く蓋は二つ折りで、蓋をとると見つけに「魁(さきがけ)」の一文字。中国の古いものだそうでが、「魁」の文字に先生の茶道界全体の指導者としての覚悟を見たような気がしました。

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