茶会に出ると毎回おもしろい光景に出くわします。茶会では客の座る場所に序列があり、一番の上座に座るのが正客さん、次が次客さん、そのあとは連客、つまりその他大勢になります。正客の場所は点前座に近く、床の間を背にして座ることが多いようです。正客には儀礼上色々な特典があります。まず茶会の主宰者の席主(せきしゅ)が出てきたら正客に挨拶をします。こないだのある茶会では「正客さま、ようこそいらっしゃいました。」、次にその他大勢の客に向かって「みなさまもよくいらっしゃいました。」という感じです。
茶席での会話は基本的に正客と席主の間で交わされるもので、その他の客はそれを聞いて茶席の客振り亭主振りを学習するもの、という人もいます。お点前さんは正客と次客にお茶を点ててくれますが、その他大勢の連客のお茶は別の部屋で点てたものを運んでくる「点て出し」です。正客さんが真っ先にお菓子とお茶をいただけます。その他の人たちは「ご相伴にあずかる」という位置づけです。正客に出す抹茶茶碗はその茶会での最高の茶碗を使います。連客の茶碗は数茶碗と言って茶席での話題にすることも少ないお道具のようです。
現代風の考えで値付けをするならば、正客さんのチケット代は10,000円、次客なら5,000円、連客は1,000円となるでしょうか。 飛行機のファーストクラス、ビジネスクラス、エコノミークラスを思い出していただければいいでしょう。ところが面白いことにどの公開茶会でもチケット代はすべて同じ値段です。同じ料金ならファーストクラスに乗るのがお得に決まっています。しかしそれを邪魔する心理的な抵抗があります。
それは茶人の格式、資格による序列です。 例えば裏千家で言えば15の階級があり、それらの資格の名前は「入門」、「小習い」、「茶箱点て」、「茶通箱」、「唐物」、「台天目」、「和巾点て」、「行之行台子」、「大円草」、「引次ぎ」、「真之行台子」、「大円真」、「正取次ぎ」、「茶名・紋許」、「准教授」というそうです。軍隊における階級、柔道剣道における段位でしょうか。茶会では格の逆順に下座から席を占め、正客の座にはその参加者のなかの最高資格を持つ者が座るというイメージ。
軍隊なら記章を見れば階級が分かりますが、知らない人の茶の階級は服装と顔を見てもわかりません。そこで正客をゆずる遠慮合戦が起きるわけですね。正客になれば一座をリードする客振りが期待されますし、正客として茶会の運営がうまく行かないと陰口を言われるかもしれない。そこで茶室には入ったものの誰も正客の席に座ろうとしない。しかし日本の伝統的な序列には、ほかの世界で今では通用しない大原則が二つあります。ばかばかしい話ですが「男は上席、女は下席」という考え方が一つ。もう一つは「年配は上席、若輩は下席」の原則です。
茶会に来るのはほとんどが女性客。でも、この原則があるので、お茶の素人でも男であれば、しかもそれなりに歳を喰っていれば正客を勧められます。和服などを来て居ようものなら、ほぼ押し付けられること間違いなしです。かくして私が正客をつとめた回数は両手両足の指の数に余ります。先日の茶会でも「美しい正客譲り合い」でぐずぐずと茶会が始まらない様子だったので、私が「やってもいいでしょうか。」と名乗り出て、正客におさまりました。
これは茶を習う人たちにとっては「突拍子もない行為」であるようです。私はどこの教室にも席がないので、うまく行かなくて陰口をたたかれても失うものがありません。これまでの正客の経験から言えば、正客と席主のやり取りを その他大勢の連客として 何回見ていても正客振りは学べません。やって見てうまく行かなくて反省して、またやってみてこそ上達するものでしょう。でも流派に所属している先生や生徒にはそれが許されないのは可哀そうな限りです。
若い、あるいは中年までの女性でお茶の修行中であればいつか正客になるために十年、二十年、三十年とお稽古代を納め続けることになるのでしょうか。家元制度は本当に憎いほどよくできたシステムです。私のように流派の外の世界からやってきてエコノミークラスの料金でファーストクラスの席に座ってしまう奴は油揚げをかっさらって行くトンビのようなものでしょう。いつか罰が当たるのでしょうね、きっと。
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