大和三山の畝傍山の麓に畝火山口神社があります。この神社と大阪の住吉大社、また大淀町土田の住吉稲荷神社には「土」と「水」が取り結ぶ不思議な関係があります。
住吉大社と 畝火山口神社 を繋ぐのが畝傍山山頂の土。11月 の「埴土神事」 について 住吉大社のホームページによると 「 祈年祭・新嘗祭の前に、奈良県にある畝傍山 (うねびやま) の埴土 (はにつち) を採って くる神事がある。神職は雲名梯(うなて)神社、畝火山口神社 (うねびやまぐちじんじゃ) にて祭典を行い、山に登ります。山頂の秘地にて口に榊の葉を含んで、埴土を三握半、採取し、埴筥 (はにばこ) に収めて持ち帰ります。埴土はお供えを入れる祭器を作るのに使われます。一般の人が見ることはできませんが、住吉大社でのみ、現在も伝承されている儀式です。」とあります。
住吉大社で使われる土器は神事の後に壊されます。しかし畝火山口神社へ特別に寄贈された土器の腰には「畝火山の埴(にゅう)をもって造る住吉神社祭器」と読めます。古代には畝傍山ではなくて同じ大和三山の天の香久山の頂上の土を使っていたと言います。天の香久山は天から降って来た山で、その頂上の土で焼いた神事用の土器は聖なるものだと考えられていたのとも思えます。
一方の大淀町土田(つった)の住吉稲荷神社と
畝火山口神社 の縁は「水」です。毎年夏に 畝火山口神社 から神職が土田にやってきて、 住吉稲荷神社 での神事のあと大ケヤキの下の吉野川から水をくむ「水取り行事」があり、大淀町の無形民俗文化財に指定されています。
大淀町のホームページによれば「 毎年7月26日の午前10時~11時ごろ、畝火山口神社(橿原市)の夏季大祭(でんそそ祭り)に用いる水を汲む水取り神事が、ケヤキの樹下の川辺(通称ケヤキウラ・ケヤキガフチ)で行われます。この神事は、名勝・大和三山のひとつ畝傍山と県有数の大河・吉野川の水を結ぶ珍しい民俗行事で、宝暦9年(1759)の「畝傍山口神社大谷家文書(天理図書館所蔵)」を初見記録として、現在まで引き継がれてきています。 」とのことです。わかっているだけで260年続いている行事です。
住吉大社から 畝火山口神社 まで焼く40㎞。 畝火山口神社から大淀の住吉稲荷神社まで14㎞。今ではともかく昔なら 結構な距離です。しかも土取りも水取り神事として執り行っています。なぜこのような面倒なことをしたのか?信仰へのこだわりでしょうか。これを聞いて思い出したのが縄文式土器と弥生式土器。縄文式土器の方が複雑で製作に手間がかかります。でも土を水でこねて火で焼いた土器に対する畏敬、土器を使った信仰のためには 、その手間は 省略できない物であったと考えるのはいかがでしょうか。時代を経て弥生時代には土器はすでにただの道具になっていたから生産効率のために簡素化されたと思います。
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